攝河の地に息長川は存在せず

更新2014年6月

｢伎人郷(くれひとのさと)と息長伝説の信憑性｣で述べさせていただいたとおり、喜連の息長伝説の信憑性が崩れると､この伝説に基づいて命名されたと思われる今川を息長川とする説の信憑性も崩れます。今川は中世以降の長い歴史の変遷の中で自然河川であったのか？、狭山池灌漑水路としての人工河川なのか？河内国丹北郡北部から攝津国住吉郡平野・喜連村の沖積低地の農地開発にどの様な役割を果たしたのか？
(1704)宝永元年の大和川付替で河内国丹北郡からの流路を断たれたが、それ以前の今川の上流や水源は？そこで文献史料・古絵図を参考資料として現地調査で考察を進めた結果を｢今川の考察｣としてまとめてみました。

万葉の息長川目次
下記から関心のあるペ－ジをクリックしていただくと開きます。
喜連の伝承万葉の息長川	伎人郷(くれひとのさと) 喜連の息長伝説の信憑性	｢記紀｣にみる息長系譜の形成者達
万葉歌に見る大伴家持の生涯	万葉歌4458の詠み人馬史国人とは	平野川関連河川 (空港北濠・大正川・今川・駒川・空港放水路・平野川分水路)
考謙天皇難波宮行幸と河内六寺	万葉の息長川番外編平野川探訪	付替えられた大和川
万葉集巻二十編纂の謎	喜連の息長伝説北村某の家記	喜連の息長氏について今井・八木論争

攝河の地に｢息長川｣は存在せず目次

｢今川=息長川｣説の根拠となった万葉歌	今川がなぜ｢息長川｣なのか	古文書・古地図の今川
森幸安の｢難波古地図｣の息長川	攝河の地に息長川は存在せず

「今川〓息長川説｣の疑問点

万葉歌20－4458
　　　にほ鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむ言尽きめやも　古新未詳
この歌の歌意については『伎人郷と息長伝説の信憑性』『万葉集と大伴家持の生涯』の項で述べています故ここでは省略致します。この歌の｢息長川｣が今川であると云うのが｢今川〓息長川｣説の根拠なのですが、この歌の詠み人馬史国人(うまのふひとくにひと)が天平勝宝八年当時伎人郷に居住しており、その国人が遠く離れた北近江の｢息長川｣を詠込むはずがない、当時の伎人郷に｢息長川｣と称する川が存在しており、それは喜連の西を流れていた今川である。というのが今川即ち息長川の論拠になっていますが｢今川が何故息長川なのか？｣｢天平勝宝八年当時伎人郷に今川が存在したのか？｣といった疑問が棚上げされたまま｢今川〓息長川｣説が通説になっています。また、今川については近年まで大阪府市史や周辺都市の市史等の記事が主流でした。考古学者の今井啓一氏(大阪樟蔭大学教授)の著書に見られるように今川即ち｢息長川｣説が主流であり、昭和34年(1959)正月の日本上古史研究会誌上で今井啓一氏と八木毅氏(大阪大学助手)が紙上論争されましたが、その後今井氏も亡くなられ、この喜連の息長伝説も世間から忘れ去られていましたが、近年東住吉区在住の歴史愛好家の方々から｢万葉集に詠まれた息長川はわがまちの今川だった」と問題提起されるようになり「今川=息長説」が再燃しました。
『本当に今川を息長川に比定出来るのか？』この疑問を解明するには｢喜連の息長伝説｣の考察と共に進める必要がありますが、｢喜連の息長伝説｣については『伎人郷と息長伝説』で考察結果を述べています故、ここでは『今川=息長川』説にたいして私の抱いた次の疑問点について考察を進め私なりの結論に達したのが『攝河の地に｢息長川｣は存在せず』というものでした。その考察過程をここに纏めてみました。
【１】『今川=息長川』説の根拠となった万葉歌20ｰ4458について。
【２】今川が何故『息長川』なのか?。
【３】古文書・古地図の今川。
【４】　森幸安の｢難波古地図｣の息長川。
【５】　攝河の地に｢息長川｣は存在せず。

【１】『今川=息長川』説の根拠となった万葉歌

上写真は万葉集巻20に記載されている大伴家持・池主が河内国伎人郷の馬史国人の歌宴に招かれた時に詠まれた三首の歌。この時に国人の詠んだ『にほ鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむ言尽きめやも』のなかの｢息長川｣について当時の馬国人の家から眺望できるところに｢息長川｣と呼ばれる川が存在し、その川を詠み込んだものである。その｢息長川｣とは今川のことであるというのが｢今川〓息長川｣説論者の方々の
論拠ですが、①奈良時代(8世紀)の伎人郷と推定される現大阪市平野区・東住吉区に今川が存在したのか？。②また、馬国人は自宅から眺望できる今川を｢息長川｣と詠み込んだのか？。①については｢伎人郷と息長伝説｣。②については馬国人のぺ－じで考察結果の詳細を述べています故ここでは簡略な説明のみにいたします。

尓保杼里乃於吉奈我河波半多延奴等母伎美尓可多良武己等都奇米也母古新未詳
　　　にほ鳥の　　　　息長川は　　　　絶えぬとも　　　君に語らむ　　　言尽きめやも
(756)天平勝宝八歳三月七日に馬国人が大伴家持・池主を招いて開いた宴の席で家持の住吉の歌にこたえた主(あるじ)国人の歌で、その歌意は鳰鳥(にほとり)は別名カイツブリともいわれ、水中に潜って息が長く続くのでオキナガにかけたもので、息長川とは長命に縁がある言葉なので、いついつまでも末永く貴方とお付き合いが続きますようにという意味で、この歌は元来恋歌であったものを家持への挨拶歌に転用したものともいわれています。席上それぞれの詠み歌について話題になったものと思われ国人は｢作者は不詳ですが、こういう歌があったように思い、この場に適したもので使わせていただきました｣と答えたものと思われます。国人は｢息長川｣の所在について知っていた可能性があります。彼は麻呂が亡くなる天平九年まで麻呂邸に書記として勤務していたことは二条大路出土木簡(馬国人の項参照)で証明済みです。この出土木簡の中に近江国坂田郡上坂田郷から藤原麻呂宛に米を送った時の荷札木簡が纏まって出土している事から上坂田郷は藤原麻呂の封戸(ふこ)である可能性も浮上しており、麻呂邸で書記として勤務していた国人は息長氏の本貫地である近江国坂田郡付近の事情も知っていた可能性もあり坂田郡の｢息長川｣の存在も知っていたものと思われます。しかし国人は、それを意識してこの歌を披露したものではなく、にほどりのように息長(いきなが)く、そして貴方様とのお付き合いもいついつまでも息長川の様に続きますようにとの思いをこめたもので、この場合の｢息長川｣は身近の川でも、遠く離れた北近江の川でもなく｢息長い川のように｣といった国人の思いを表したものと私は思います。また、当時の歌宴の仕来りとして宴の主催者が出席者の詠み歌を書きとめておいて、後日出席者全員に送ることになっていたようです。国人もこれに従い当日の歌宴で詠まれた歌を家持の許に送りその時、自分の詠み歌に古歌かどうか、いまだつまびらかになりません、と自ら書き込んだものと思われます。これを受け家持が当日の詠み歌から三首を選び国人の歌に｢古新未詳｣と筆録したのでしょう。この四字は現存する万葉集写本中、元暦校本・春日本にはなく一部には家持死後に後人が衍入(えんにゅう)したのではないかという説もありますが、私は衍入はないと確信しています。
現存万葉集は全て写本であり脱字・誤記もあろうかと思われますゆえ、一部の写本に｢古新未詳｣の文字が脱落しているから家持死後の没官中に後人が衍入したというのは考えすぎであり、当時の律令下において没官品の取り扱いは刑部省所属の贓贖司(ぞうしょくし)が反逆人所有の財産および反逆縁坐者の調査とその没官を担当しており、｢万葉集｣については官撰集なみの取り扱いで厳重に官庫に保管されていたようで、｢古新未詳｣衍入についても一体誰が何の目的で官庫に侵入してまで4458の歌にそのような改竄を行うのでしょうか？。本ホ－ムペ－ジ｢万葉歌に見る大伴家持の生涯｣で[家持亡き後の万葉集の行方][没官された万葉集が世に出るまで][家持亡き後の大伴氏の浮沈]で家持死後の｢万葉集｣について述べています故ここでは改めて述べることは控えさせていただきます。下記をクリックしていただくと｢万葉歌に見る大伴家持｣のペ－ジが開きますので目次をクリックして当該ペ－ジへお進み下さい。

万葉歌に見る大伴家持の生涯へはここをクリックしてください

【２】今川が何故『息長川』なのか?

河川には現在の名称以外に過去に複数の名称を持つ川があり、その名称にはそれぞれの由来があります。奈良時代の伎人郷の近辺に｢息長川｣と称する川が存在したとするなら、その由来があるはずでありその由来とは？。｢伎人郷｣近辺に存在したとされる｢息長川｣について文献史料・伝承からも該当する資料が見当たりません。現在｢今川=息長川｣説の根拠になっているのは近世中葉の通称｢攝津志｣｢河内志｣の記事で在り、同じく近世の｢北村某の家記｣なる古文書に由来する作為された説話によるものが流布され、それが誤信されたものと私は考えています。
｢攝津志｣｢河内志｣の正式名は｢日本輿地通志畿内部(にほんよちつうしきないぶ)｣で関祖衡(せきそこう)・並河誠所(なみかわせいしょ)が企画し編纂にあたったが、関祖衡が死去したため。並河誠所が中心となり編纂(1729)享保14年から(1734)享保19年までの5年をかけて全61巻が完成しています。全61巻の内、巻27から巻43 が河内志。巻49から巻61が摂津志。その他山城・大和・和泉志があり通称｢五畿内志｣と呼ばれています。
今までに出ている｢今川=息長川｣説はこの｢攝津志｣｢河内志｣や｢北村某の家記｣の記述から、今井啓一氏は往古の喜連に息長氏居住説を｢息長川｣の根拠としておられます。
今川を往古の｢息長川｣に比定するためには先ず次の疑問点の解明が必要です。
①奈良時代(8世紀)に現平野区・東住吉区域に今川に比定出来る河川が存在したか。
②今川が｢息長川｣と呼称される理由は。
①については8世紀当時の大阪東南部の地形と環境から見て行く必要があります。
下記に８世紀当時の大阪東南部の地形(発掘調査等による推定図)と環境図を大阪文化財研究所発掘調査報告より一部加筆転載させていただきました。

奈良時代(７～８世紀)の大阪東南部の地形図です。Ａ＝瓜破台地。　Ｂ＝古東除川(E地点で平野川に合流)Ｃ＝平安時代に付替えられた東除川。　Ｄ＝西除川。　Ｅ＝平野川・東除川合流地点で氾濫原。
Ｆ＝７～８世紀当時の大和川は現八尾市植松で分岐して平野川筋が当時の大和川本流であった。
Ｇ＝近世の宝永元年に付替えられた新大和川。　Ｈ＝宝永元年の付替まではこのル－トが大和川。

上左図大阪府立狭山池博物館の図録図の一部に加筆、右図大阪文化財研究所発掘調査報告図の一部に加筆転載させていただきました。

奈良時代(8世紀)に現平野区・東住吉区域に今川に比定出来る河川が存在したか？

上左図丹比野丘陵上の標高23ｍ地点の東除川と西除川の間に丹比大溝が存在しているのがお解りいただけると思います。この大溝は段丘上の開発のための灌漑用水確保のために６世紀後半～７世紀初頭頃に掘削されたことが松原市教委の発掘調査で出土した遺物から判明しています。東除川の西川橋付近で取水し西除川の高見里に落とす灌漑水路で下位段丘の農地に配水しており9世紀頃まで、その灌漑機能が維持されていたと推測され、大溝の幅約10ｍ、深さ約３ｍと推定されています。上右図でわかるように丹比野大溝は段丘上を東西に走る解析谷を利用しており、大溝開削時点で段丘上を南北に走る馬池谷・西谷の水路は遮断されたと考えられ、この大溝から伎人郷まで直線距離にして約4.5㎞であり、谷内の水量は4.5㎞間に湧水する小川程度の流水であったと思われます。東除川と西除川の間に南北に流れる河川は小川程度のものしかなく往古の伎人郷近辺の河川としては東除川(針魚川・廿山川)・平野川(河内川)・西除川(天道川)の三河川のみです。古東除川の８世紀当時の呼称は不明ですが｢住吉大社神代記｣には針魚川と記され近世前半の文書には廿山川(つづやまかわ)と記されています。慶長年間の狭山池改修で狭山池に東の除口が設けられ、この除口と廿山川を接続させて以来東除川と呼ばれるようになり、８世紀当時の東除川は土地条件図で見られるように現出戸付近で北西に流れ平野付近で平野川に合流しこの地点が氾濫原になっていたのがわかります。平野川は現八尾市植松付近で西南に分岐して太子堂付近で北北西に流路を変え現生野区舎利寺で西除川と合流し北へ難波堀江の東で河内湖に注いでいます。８世紀当時この地に｢息長川｣が存在したとするならば、この三河川のいずれかですが、｢続日本紀｣｢日本三代実録｣に｢伎人堤｣の河堤を攝津・河内の両国が争った記述がありますが簡略すぎて｢伎人堤｣の位置推定までには至りませんが、この堤が伎人郷を洪水から防御する河堤であったと考えられ、洪水の度毎に流路が変わり攝河の国境争いになったと思われ、西除川の攝津国内の流路は河内国との境界はなく｢息長川｣候補から除外されます。平野川は攝津国住吉郡と河内国渋川郡の間を流れる河川で当時は大和川の本流であり川幅も約200ｍの大川であったことが発掘調査で判明しています。
東除川と西除川間に丹比大溝が存在する限り大溝より北に南北に流れる河川は存在せず平野川を｢息長川｣に比定する説もあり、また、私は前回喜連の息長伝説を基に古東除川を｢息長川｣に比定する過ちを犯してしまいました。奈良時代の伎人郷内には前述の３河川以外の河川は存在しなかったと考えられます。但し大溝灌漑から溜池灌漑に変遷する平安後期ごろになると溜池を水源とする灌漑水路(井路)や小河川(井路川)が出現し今川もこうした井路川であったと推測しています。

上左は地形分類図針魚川とあるのは丹比大溝と東除川でその灌漑区域と狭山池用水よる灌漑域が示されている。針魚川とは住吉大社に伝来する｢神代記(国指定重文)｣の記述中に丹比大溝と東除川は針魚(人物名)が開削したと記されています。
右地形分類と河内平野南部の古代の河川推定図。　※両図とも狭山池論考編よりの転載　

上図は松原市教育委員会の丹比大溝流路図 1/50.000 で羽曳野市惠我之荘１の東除川西川橋付近(Ａ)で取水して津屋１→西野々２の菰池から寺池へ入り近鉄松原市駅前の上田町(Ｂ)で２筋に分岐して1号溝は西除川の高見(Ｃ)で吐水。２号溝は上田地内へ
この大溝の発掘調査は1991年にＢ地点において行われました。

発掘調査情報松原市HP丹比大溝へはここをクリックしてください

｢今川〓息長川｣説の根拠とは

伎人郷近辺で｢息長川｣に比定できる河川があるとすれば平野川か古東除川に限定されることになりますが、それではなぜこの川が｢息長川｣と呼ばれるのか？。｢息長川｣と呼称されるにはそれなりの理由があるはずです、それはおそらく喜連村の息長伝説から出たものでしょう。喜連村の息長伝説の信憑性というと関連ペ－ジ｢伎人郷と息長伝説の信憑性｣で述べましたように考古学的に見てその信憑性は全くなく古東除川や平野川(河内川)を｢息長川｣と呼称する歴史的根拠は存在しないと私は考えています。
｢今川=息長川｣説の根拠は過去の大阪府史・市史等の今川記述や考古学者の論説によるものですが、その一部を下記に転載してみました。
［大阪府史　大正11年］
今川は狭山池より発する西除川にして、(中略)高木村に至りて布忍(ぬのせ)川と呼ばれ、池内村を經て富田新田に出て、天道川と呼ばれ、當国舊住吉郡喜連村の西を流れて息長川の名を為し、桑津村の東に於いて依羅池より流れ来れる巨麻(こま)川を併せたるものなり。息長川とは今川の舊河身なり。今川、舊河内川と称せり、河内丹北郡より流れて喜連村に入りて息長川と称せり。今の河身は、往古の流域と頗る異れるが為に、今川と称するなり。
　[大阪府全志第九項喜連村]　(旧漢字の箇所を現漢字に入替えています)
本村は往古河内国なりしが、後摂津国住吉郡に入れり。杭全(くまた)郷内の内にして、喜連村と呼び元和六年分かれて東喜連・中喜連・西喜連の三ヶ村となり来りしも、明治五年三月合併せられて喜連村と称す。同二十二年四月一日町村制の施工に際して、独立して一村を為し、同二十九年四月一日東成郡に属す。舊西喜連に南町・北町・西町・金元町・境町、同中喜連に馬場町・東町・寺町の名あり、又東喜連の南に川村といへるあり。舊郷名は和名抄に｢住吉郡杭全(久末多)｣と載せ、古事記に倭健命(やまとたけるのみこと)の御子息長田別王(おきながたわけのみこ)の子に杙俣長日子王(くひまたながひこのみこ)あり、此の杭全郷に因みあるものならん。又村名の喜連は久礼の転化ならんといふ、即ち古事記傳には「住吉の東一里許に喜連村と云あり、河内の堺なり、昔は河内に属して、万葉に河内国伎人郷とある処なるを、久礼を訛て喜連とは云なり。考謙紀・三代実録などに伎人堤とあるも此処の事なり」とせり。伎人は呉人なり、其の伎人を久礼と訓ぜるは、盖し呉人の本朝に帰化せるものの、才伎を以って当代に称せられたるに依れり。思うに本地は投化したる呉人の居りし所にして、唐下・呉堂等の字地を存せるは之に因めるの称なるべし。伎人堤は今の今川堤をいへるものにして中河内郡矢田村大字住道より来り、本地の西端を北流して北百済村大字桑津を経て、東成郡生野村大字舎利寺の字河原に至りて平野川に入れり。現時は一小流に過ぎざれども、往時にありては水勢の滔々たる大河なりしなるべし。本地に来りて息長川の称あり、摂津志には、今水道古と頗る異る、因りて今川といふと記せり。其の記せるが如く、今の川脈は古の川脈と異れるものあるならん。続日本紀に「天平勝宝二年五月、伎人・茨田等堤往々決壊」と記し三代実録に「貞観四年三月、遣紀朝臣春枝・藤原朝臣好行、弁折河内・摂津両国相争伎人堤之事」と見ゆる伎人堤は共に此の堤にして、其の摂河両国の争ありしを見れば、貞観四年の頃には已に所属曖昧となりて、遂に摂津国に属したるものなるべし。－以下省略－　
［大阪市史:昭和2年］
平野川は南河内郡太田村大字太田の樋管に発源し、平野郷町の東北を流れ舎利寺村に於いて今川と会し、猪飼野中浜を過ぎて鴫野に至り、古大和川に入る。摂津志に平野川を舊名百済川、今川を舊名河内川とし、今川は河州丹北郡より流れ本郡喜連の西に至りて息長川といひ、桑津の東を経て依羅池に発源する巨麻川に会すとあり。今是等諸川の流域に因りて考ふるに平野川は新大和川開鑿以前の狭山東除川の下流に当たり、今川若くは巨麻川は狭山西除川の下流に当たり東除川即ち河内川にして、西除川即ち百済川なるべし。百済川の名は百済郡より出でしにて、郡の四至は明ならずと雖も、平野郷は和名抄に住吉郡杭全郷とあるものにして百済郡にあらず。之に反して今川
巨麻川の間に介在せる鷹合村(東成郡南百済村大字鷹合)は百済、酒君に属せる鷲甘部(たかかいべ)の故地にして、今の南北百済村は古の百済郡の中に含まれたるものなるべければなり。而して仁徳天皇の小椅江を堀り給ひしは、河内川百済川の水を疎通せんが為なりしこと言わずして明なり。河内志、大日本地名辞書、古事記
［東成郡誌:大正11年］
息長川とは今川の舊河身なり。今川、舊河内川と称せり、河内丹北郡より流れて喜連村に入りて息長川と称せり。今の河身は、往古の流域と頗る異れるが為に、今川と称するなり。攝津志・府・市史以外の書籍でも大同小異で中には｢息長川｣を河内国志紀郡や大県郡の河川としたり、馬国人の家で開かれた歌宴に天皇や聖武太上天皇が臨席されたと記している書籍もあります。一方歴史学者や万葉学者の間では息長氏の本貫地である滋賀県米原市の北部を流れる天野川を奈良時代の息長川とするのが今でも定説とされています。
　[今井啓一氏(樟蔭女子大学教授)の説]
－前略－近江国坂田郡における息長があまりにも著聞しているので、万葉集巻二十に載せる馬国人の鳰鳥(にほどり)の息長川云々の息長川も、近江国のそれをよんだ古歌、或いは古新未詳として疑われているが私は万葉学におけるこの通説には賛し難い。いま大阪市東住吉区に入る喜連町－その地は舊く河内国渋川郡で伎人郷
(くれのさと)と称し、のち摂津国百済郡、住吉郡杭全郷のうちとなった。記傳・玉勝間には喜連は久礼の訛とし、雄略紀十四年条に見える呉坂の地をこの辺りとする－に息長氏についての伝承がある。又いまも喜連町の西を北流する今川の水系に河内川・息長川の舊称があったと思われるが、それはこの地に息長氏がいたからの称であり、従って万葉集に載せる馬史国人の鳰鳥(にほどり)の息長川といふのも、当時、伎人郷における己れが邸宅に大伴家持らの廷臣を招じ、近くを流れる息長川を詠み入れた感興の歌であって、決して遠隔の近江国坂田郡の息長川をよんだ古歌を座興として河内の宴に歌ふたものではないと考へる。よし喜連町における息長氏についての伝承のすべてが真実を物語るものではないにしても、暗合するふしぶしも多く、むげに捨て難いと思うので敢えて本稿を草し、喜連にも息長氏が居り、その息長氏から応神・允恭后妃も出たことを明らめたい。－中略－馬史国人が河内国の息長川を詠んでから今日まですでに千二百年の星霜を経ている。この長い期間には、平坦・低湿地帯である河内平野における河川流路は幾多変遷し、就中、二百五十余年前、宝永元年の新大和川改疏によってもともと南河内から発した諸川は中流で新大和川に阻止されて合流し、末流は概ね乾涸してしまった。従って現在の河川流路をもって必ずしも往昔の景観を回顧すべくもないけれども、なおその遺蹤はほぼ指呼し得よう。即ち天平の河内国伎人郷－いま大阪市東住吉区(現在は平野区)喜連町－の西辺を北流する今川の水系こそ概ね往昔の息長川であり、その堤防が所謂伎人堤とすべきであらう。南河内郡(舊丹南郡)狭山池に発して北流する二川、即ち東除川・西除川のうち、西除川の流路がほぼ息長川の水系と考えられるが、それも宝永以後は中流において中断され泉北郡(いま堺市に入る)五箇荘村北花田で新大和川に注いでいる。
河内志丹南郡山川の条に、西渠(にしかわ)、亦自二狭山池一流經二野田・餘部、為二八上郡界一渦二今井村一入二丹北郡一。一名西餘下川(西除川)。
而して摂津志住吉郡山川の条に、今川。舊名河内川。自二河州丹北郡一流、至二本郡(住吉郡)喜連西一曰二息長川一。有二古歌一。經二桑津東一、巨麻川一、至二東生郡舎利寺村一、入二平野川一。今水道與レ古頗異。因曰二今川一。又、同文苑の條にも息長川を挙げ馬史国人の歌をしるしている。
前引の如く名所図会大成にも、
息長川。桑津・田辺の東にあり。世俗翁川といふ。又当時は今川ともいへり。一説に神功皇后の御父息長足彦名の由緒の舊地といふ。舎利寺の東にて平野川に合流す。とあり、神功皇后の御父云々のことは兎も角としてその大體が察せられよう。享保十九年(1734年)に成つた摂津志に、今、水道は古と頗る異るとあるにしても、舊住吉郡喜連村の西において概ね今川の水系に息長川の名のあることは注目すべきと思ふ。
　｢北村某の家記｣
北村某の家記については｢伎人郷と息長伝説｣でその全文とこの家記の信憑性について述べています故そちらを参照願います。

[北村某の家記]をご覧になる方はここをクリックして下さい

｢攝津志｣｢河内志｣の正式名は｢日本輿地通志畿内部(にほんよちつうしきないぶ)｣で関祖衡(せきそこう)・並河誠所(なみかわせいしょ)が企画し編纂にあたったが、関祖衡が死去したため。並河誠所が中心となり編纂(1729)享保14年から(1734)享保19年までの5年をかけて全61巻が完成しています。全61巻の内、巻27から巻43 が河内志。巻49から巻61が摂津志。その他山城・大和・和泉志があり通称｢五畿内志｣と呼ばれています。

【３】 古文書・古地図に見る今川。

今川は奈良時代(8世紀)以前から存在したのか？資料がなく不明です。そこで間接資料や8世紀頃の地形環境から推定するしかありません。奈良時代の伎人郷近辺を南北に流れる河川は狭山池を水源とする西除川か、羽曳野丘陵を水源とする東除川の２河川のみです。この２河川の間にあるのが今川ですが、攝津志の記述にある『息長川とは今川の舊河身なり。今川、舊河内川と称せり、河内丹北郡より流れて喜連村に入りて息長川と称せり。今の河身は、往古の流域と頗る異れるが為に、今川と称するなり。』この記述には疑問があり先ず今川は｢舊河内川｣としていますが､｢続日本紀｣延暦７年(788)3月16日条にある中宮大夫・従四位上で民部大夫・攝津大夫を兼任する和気朝臣{C麻呂が次の様に言上した。『河内攝津両国の境に川を堀り堤を築きたいと思います。荒陵の南から河内川を西方に導いて海に通じさせます。そうすれば肥沃な土地がますます広がり、開墾することが出来ます』と朝廷はこれを許可し延べ23万余人に食料を支給してこの事業に従事させた記録がありますが、この河内川とは現平野川の奈良時代の名であるというのが定説で当時の河内川は大和川の本流といわれる大川であったことが発掘調査でも判明しており相当の暴れ川で甚大な洪水被害を度々出していたようです。また西除川を河内川に比定する説もありますが、延暦年間の和気{C麻呂が開鑿をはじめた起点が何処か立証する資料がなく{C麻呂が｢河内・攝津の境に川を堀り堤を築き｣と述べているので攝河の境といえば平野川が該当します。また、西除川が宝永元年の大和川付替で廃川になり今川という小流になったとする説もありますが、西除川と今川は全く別の河川であることは宝永元年以前の絵図や古文書でも立証されます。　
　※　水利関係古文書[５]参照。


(1711)正徳元年の城連寺村絵図では西除川が天道川と記されており天道川とも呼ばれていたようである。	延暦７年の河内川開削工事の推定位置

旧攝津国側の今川については湯里の吐水口から平野川合流地点まで改修されてはいますが流路が現存しています。宝永元年の大和川付替で廃川となった河内国側の今川については現吐水口から南は川筋も残存せず不明のままです。そこで河内国の今川筋を探索するべく先ず水利関係の古文書を探してみました。現在松原市に多くの水利関係の古文書が残っており松原市史史料編から西瓜破村に隣接する城連寺村文書と三宅村文書を調べてみると次の享保年間(1716～1735)の文書に今川を見出すことが出来ます。この文書で見ると今川・駒川は大井路(用排水路幹線)であったようです。[５]の文書に見られる様に｢川下にて南表より下り候、大井路は駒川・今川と申し宝永元申年迄は三宅村領より西瓜破村領に落ち込み……｣とあるように城連寺村と三宅村の境界を北流していたのが今川であることが判ります。　

水利関係古文書 [松原市史史料編より転載]

上記１～６は新大和川関係古文書の中から今川関係のものを抽出しました。新大和川の開削により今まで攝津国側に流れていた狭山池灌漑水路、悪水井路、東除川、西除川が新大和川により遮断されたため、新川の堤防以南の流路の排水が阻害されるため新川左岸堤防に沿い悪水落し堀が開削されたのが｢落堀川｣です。河内国丹北郡城連寺村や三宅村の古文書で見ると宝永元年の大和川付替前の今川は悪水抜きの大井路であったようです。城連寺村の絵図には該当する井路川に｢今川筋｣と記されていますが三宅村文書には｢悪水貫之水道｣となっています。

(1678)延宝六年の上記文書に｢野中池西へりに瓜破村領境迄悪水抜きの水道御座候｣とあるのは城連寺村文書に記されている｢今川筋｣の事。野中池は三宅村領にありますがこの池の水利権は西瓜破村にあり、度々三宅村との間に水論がおきています。

城連寺村以南の今川水路の探索

近世絵図に今川筋とある地域は(1704)宝永元年の大和川付替により村の一部が新大和川の川底となり村域が分断された宝永元年当時のまま現代に至っており上地図の様に行政区域が複雑に入り組んだ状態になっています。そのため絵図の今川筋と記載された大和川左岸堤防以南の約200ｍ区間は旧西瓜破村・城連寺村・三宅村の村境になります。今回の今川筋水路の探索も(1753)宝暦３年絵図の今川筋水路が第一今井戸川に落ち込む地点から享保絵図にある今川筋(第二今井戸川)の探索を始めました。ここは城連寺村領で南へ30ｍ程で城連寺村と西瓜破村の境界になり下地図左の写真撮影箇所の今川と三宅村の今井戸川筋の合流地点付近は城連寺村・三宅村・若林村の境界になります。下の(1653)承応二年の狭山池番水配水図によると今井戸川筋が今川の主水源であったようなので今井戸川筋も探索して今川上流や水源の全容を明らかにしました。
　※ 今川(第二今井戸川)・今井戸川筋とも天美北２の合流地点から上流に向っての探索です。

上右絵図では三宅村の今井戸川が今川に直結していて、この図では今井戸川の下流が今川になっています。今井戸川の水源は三宅村の水上に当たる阿保村や松原村の溜池であったようです。

※下左図の今井戸川関連溜池名
59 出長池・58 新池・56 馬場池
55 大海池・54 海泉池
50 稚児ヶ池・49 寺池
41 下ノ池・36 宮ノ池
47 小治ヶ池・48樋野ヶ池


	左絵図は松原市史付図の狭山池水下地域の主要導水路と関係溜池図で今井戸川の位置と関係溜池がわかる。右図は狭山池博物館作成の現在の堰水路図18世紀の絵図を参考に水路・堰の変遷を示した図。

上右図　う落堀川　　え第一今井戸川　　お第二今井戸川(今川筋水路)　　ウ大海池　　キ今池(田井城)　　J 高代井堰　　I 高見井堰
この図では今川筋水路を第二今井戸川としています。現在も主要悪水井路となっているようです。

大和川付替後から近年の落堀川の変遷

上左は近年の落堀川の範囲。藤井寺市の近鉄道明寺駅の石川橋西詰付近から松原市大堀の東除川との合流地点までが｢落堀川｣の呼称で呼ばれる範囲で大阪府が河川管理をしているそうです。右図は宝永元年の大和川付替と同時期に開鑿された落堀川で柏原の舟橋村から浅香山谷口まで延長121町(13.2㎞)、川幅16間(29.1m)と記録にあります。この付け替えられた大和川は北河内一帯の洪水対策のために本来の流路であった久宝寺川(長瀬川)玉串川の旧大和川を(1704)宝永元年に柏原市の石川合流地点から西に流す流路に付替えられたものです。この大和川付替により従来南河内の丘陵地帯から北へ流れていた河川や狭山池からの灌漑水路が新大和川により遮断されることになり、遮断された流路の水を新大和川に流入させようにも、新大和川は掘削したものではなく新川予定地の両岸に堤防を築き東西の高低差を利用して西の大阪湾に流入させる計画なので本来南北に流れていた流路よりも新川の水位が高く、そのために新川の左岸堤防下に新たに水路を開鑿して南からの河川・灌漑水路の水を落とし新川と水位の合う下流域で新川に放流するために造られたのが落堀川でした。只東除川は解析谷を流れ下ってくる河川で新川よりも水位が高く落堀川に流入させると降雨時の洪水の恐れもあり、落堀川上に石樋を設けて直接新川に流入させていましたが享保元年六月二十日の洪水で、この石樋が流失以後は石樋の再建をせず東除川は落堀川に流入させ下流の瓜破村の新川と水位の合う地点で大和川へ流入させるように改修しています。

私の不勉強から今まで現存する柏原市舟橋から浅香山までの旧落堀川をそのまま｢落堀川｣の名称で呼んでいましたが、近年は藤井寺市大井2丁目市道橋から松原市大堀の東除川との合流地点まで(上右図参照)迄の3697ｍが落堀川で同地点から平野区瓜破南２の大和川流入地点までの約1300mは東除川と呼ばれています。瓜破南２から堺市北花田３の大和川への放流地点までが第一今井戸川と呼ばれています。

河内国側の今川筋探索

今川筋水路の探索は現在の今川吐水口から南下現長居公園通りが往古の磯歯津路(しはつみち)といわれ、古代～近世にかけて磯歯津路以北は攝津国、以南は河内国であり、今川の位置は現存する絵図(近世絵図)でも現位置であることが確認出来ますゆえ中世以来位置の変動はないものと考えています(私見)。現吐水口から古絵図にある河内国丹北郡の今川筋までの流路は完全消滅していて絵図(下図)でしか確認出来ません。

上両図とも狭山池水下導水路ですが製作年月不詳。右図には新川底になった溜池が描かれています。下写真の３枚は平野区喜連西と東住吉区湯里の境界にある現今川の吐水口(水源)でここから生野区林寺まで平野川に合流する全長4.5Kmの一級河川です。宝永元年の大和川付替で南からの流路を断たれた後は喜連西池を水源としていたが昭和30年代に西池も埋め立てられ以後は平野下水処理場の２次処理水の放流を受けて水源としています。
現今川吐水口から平野川合流地点までの今川については｢平野川探訪目次｣から｢今川の現況｣をご覧下さい。

平野川筋探訪へクリック


現今川の(水源)吐水口	吐水口付近のせせらぎ	今川の中流付近

今川の水源を求めて

		松原市天美ポンプ場の吐水口ですがここは近世の今川跡に位置します。
		ポンプ場から大和川への吐水口。
		左地図の今川筋現在は両岸がコンクリ－ト護岸に変わっているが流路は近世絵図通り。

上の絵図は(1711)正徳元年の河内国丹北郡城連寺村の雪池・中之池・今池ほか用水絵図で正徳元年に万年長十郎へ差し出した絵図の控えで雪池(付箋貼り付け箇所)・中之池・今池・新池・落堀川・天道川(西除川)・今川の位置がよくわかります。


上は(1728)享保13年の城連寺村・富田新田絵図で２ヶ所に今川筋と記入されており、この流路が大和川付替以前の今川流路であったことが判る資料です。下の空撮写真は310年以前のまま現存する流路が確認出来絵図と合わせて河内国側の今川の位置を知る実証史料です。	左図の原図を拡大したもの今川筋流路が1704年の大和川付替で北への流路を遮断され落堀川へ落とされた地点ここでも上の絵図とおりに両川合流地点が現存します。

上の絵図と左下写真は今川筋流路と今井戸川流路の合流地点(白丸内)。享保13年の絵図と比較していただくと川幅や護岸は変わっていますが位置は全く同じであることがわかります。また、今川筋流路と今井戸川の合流地点も絵図どうりに現在まで維持されています。狭山池水下地域の灌漑井路は開削されたらその井路の水下に農地が開発される為開発時から現在に至るまで農地のある限り井路が埋め立てられたり流路が変更されることはありません。今回の今川筋、今井戸川筋の探索では近年の開発で溜池の埋め立てや井路の暗渠化が進んでいましたが、市内にはまだ多くの灌漑水路が暗渠化されたりして残存していました。今回今川の水源を求めて今川筋流路と今井戸川流路を探索してみました。いずれも大和川堤防下の落堀川合流地点から狭山池方面への水上に向かっての探索です。

松原市内では開発が進み住宅地の中に農地が取り残されている様な風景があちこちにみられます。かっての灌漑水路は暗渠化されていますが上写真の様に必要に応じて暗渠井路に堰板を入れ農地に用水を供給する設備が設置されています。

今川筋水路の探索


松原市天美北２付近左の建物が今池・中の池跡になります。	右は天理教の施設(今池・中の池跡)正面暗渠手前で今川水路は左折する。	左折した水路は農地の中を南へ


拡幅工事中の府道187号線下を暗渠で抜ける。	天美東３付近この辺りはまだ農地が残っている。	正面水門は上ノ池ここで水路は左折この水門は池の除け口


天美東２付近水路左には農地が広がり右側は開発が進み宅地が立ち並ぶ	田井城６付近	深淵池かなり大きな溜池です。


池付近の農地の灌漑用か堰がある	田井城２付近この辺りは水路と云うより溝である	田井城３付近農地と住宅が混在する堰があるが今は使用されていないようである

宅地の間を溝状の水路が	田井城３の長尾街道沿いの堰で暗渠になる	ここで暗渠化された水路は長尾街道を越え前方の道路下を南へと続く


長尾街道を越え高見の里２に入る道路上の網蓋のしたが水路	近鉄南大阪線高見の里駅を越えると道路上に暗渠化された水路跡がわかる	高見の里６付近前方は西除川に架かる　河合橋


河合橋	河合堰跡	河合橋側のポンプ場

上写真田井城３の旧長尾街道沿いで流路は暗渠になり再び地上に流路を見ることはないが、長尾街道南の正面には住宅があり暗渠上に住宅が建築されることは考えられないので、長尾街道下でやや左に住宅とセントラル薬局の間の道路下を南へと暗渠が続くのではと想定し、この道路を南下すると高見の里２の路上下に暗渠水路があることを高見の里２の写真によって確認出来しきした。さらに進むと近鉄高見の里駅東側へとでます。ここで府道12号線を越えると道路上に水路埋立の痕跡が見られますが、道路下の暗渠水路の網状蓋が約30ｍ毎に西除川の河合橋へと続きます。河合橋右岸にはポンプ施設と覚しき建物がありますが暗渠水路との関連は不明。また、吸水、排水かも不明ですが暗渠水路の非常時排水施設と思われます。
河合橋上から上流を見ると河合堰跡がありますが現西除川は昭和５７年８月の豪雨による氾濫で甚大な被害を被り大規模な改修が行われており川筋の様相も変わっていますが、改修時にはまだ堰が必要なほど沿岸は農村地帯だったのでしょう。現在は都市化が進み一部に農地が残存する程度です。
宝永元年までの今川はこの付近で西除川から取水して高見－田井城－三宅－池内－城連寺－西瓜破－住道から今川の現吐水口に至る幹線悪水井路であったと思われます。今川の名称は城連寺村絵図のみに記載されており他は名称不明。城連寺村に隣接する三宅村文書には｢悪水貫之水道｣と記されています。
　　　※下写真は長尾街道

今川筋・今井戸川の地図と空撮写真での探索

下の地図で左上の＋－記号を｢丁目｣に合わせていただくと左の様な地図画面に変わりますＢが今川筋流路が落堀川へ合流する地点。Ｃが享保絵図に｢今川筋｣と記されている流路。Ｄは今井戸川流路です。近年ではＢの落堀川とＤの今井戸川を合わせて第一今井戸川、Ｃ流路を第二今井戸川と呼称変更されています。
下の地図でトナミ運輸大阪支店文字のＣ(今川筋)流路を上下左右にマウス操作して頂くとＣ流路(今川筋／第二今井戸川)とＤ流路の流路追跡をして頂くと水源に到達します。

今井戸川の探索


松原市天美北の今井戸川筋流路が今川筋流路に合流する地点。	合流地点の南側にある松原市天美ポンプ場	天美ポンプ場前の今井戸川筋流路左駐車場は野中池跡


今井戸川筋流路は府道176号線で暗渠にたる。	三宅土地改良区営西地区圃場整備事業竣工?この付近が出長池跡	出長池跡前方矢印しで暗渠になった流路はここで暗渠からでる。

松原三宅西五付近の今井戸川北から	増水時の排水路への入口	三宅西三付近の今井戸川


309号線三宅新道交差点の南に架かる新今井戸橋ここで旧三宅村内に入る	309号線を越えて三宅中１の旧三宅村の西端付近	今は両岸とも宅地化が進みかっての堰跡が残っている。

三宅中１付近	阿保２の府道187号に架かる今井戸川橋	阿保２付近両岸に遊歩道が設けられている。


阿保３付近	阿保３付近	阿保の松原北小学校付近


阿保１で今井戸川の水質検査をする	左の建物は松原市役所裏の今井戸川	阿保１付近

長尾街道沿いの松原警察署横の今井戸川ここから先は暗渠になる。	長尾街道沿いに建つ今井戸川中門絵図が描かれた?	中門跡に建つ説明?


	海泉池(阿保)一部が埋め立てられ道夢館として市民の憩いの場になっている

　上図は狭山池論考編｢近世三宅村の水利｣より転載
水上(松原村)の悪水を更池に貯めて今井戸川を通して阿保の中門で堰止め阿保の海泉池入れそこから自村の大海池にいれ村内の溜池に配水しています。上の(1720)享保５年の丹北郡三宅村の灌漑状況図で判るように村所有の溜池は池毎に灌漑範囲が決まっていたようですが一部は水上の村の溜池からも用水補給を受けていますが、これらの用水を村内の溜池に配分する役割を担っていたのが今井戸川で、この川については人工河川説と自然河川説がありますがそれを判別する資料がなく不明ですが元々この地にあった小川を灌漑用幹線水路に拡幅したのが今井戸川であるという説が有力なようで、丹比大溝が廃され大溝灌漑から溜池灌漑に変わった中世頃以降に整備された様であるとしか言えないのが現状です。

今川筋水路(第二今井戸川)・今井戸川の探索で判明したのは今川筋水路は天美東２の上ノ池で２筋に分かれ東の水路は西除川河合堰へ至り、西の水路は高見の里３の西除川高見井堰に至り何れも西除川から取水する用排水幹線水路であることが判明しました。今井戸川は近世の松原村、阿保村等の溜池を水源として主に三宅村の主要灌漑水路であったことがわかります。この二つの水路が低地の天美北２で合流して西瓜破村・住道村から攝河の境界を越え今川え入り舎利寺付近で平野川に落込んでいます。
今井戸川と今川の境界が何処であったのか、これも信頼できる資料がなく不明ですがやはり攝河の境界線を充てるのが順当な見方ではないかと思われます。
今川も中世以前の復元地形から見て、この地では最も低湿地に存在する自然水路であったと推定されますが奈良時代に存在したか否かについても資料がなく不明ですが、約４㎞南の丹比丘陵上には東除川から取水して西除川落とす丹比大溝が存在しその間に自然水路の存在があっても小川程度の水路と推定され『にほ鳥の息長川…』と詠まれるような河川の存在は考えられません。また今井戸川の名称については近世に付けられたもので今(現在)井(井路)戸(戸堰)を表したもので、攝津国では今(現在の)川となったと云う説もありますが、いかがなものですか？
いずれにしろ今川の上流は今井戸川の東西二流であり水源は西除川と溜池であることは動かしがたい事実であり三宅村・城連寺村以南では用排水路であったが丹北郡の最北である住道・西瓜破村になると悪水井路としての性格が強くなったようである。近年まで喜連、平野の悪水井路が現存していて今川に流れ込んでいましたが現在では埋め立てられその痕跡を僅かに残すのみです。

上は昭和初期の平野・喜連地番地図です。喜連の環濠？・平等堤が残存しているのが判ります。中喜連・西喜連村の悪水井路が中野で今川に落込んでいるのが判ります。この悪水井路は確か昭和40年代まで残存しており井路跡の曲折が今はそのまま道路になっています。平等堤跡も道路になっていますが堤の痕跡は跡形もありません。

参考資料として平野郷町誌(昭和六年発行)に今川に関する記事があるので転載いたします。
『平等堤は喜連村と領有を争ったことがある。(1674)延宝二年洪水の時喜連村から領有なりと訴へ敗訴となり、同六年九鬼和泉守が新検地の際、境目を定られんことを願い出たが、論争地なるの故にや定めるにいたらず、元禄四年五月二十八日天道川(西除川)堤防決壊して喜連村へ流れ出たので、平野郷中から出て此堤防を防禦したので、又喜連村からその領有であると訴え出た。此に対し平野荘から主張したところは平等院領時代に用悪水不完全で郷内常に苦しんだから、平等院の下知で此堤を築き、領内の細き井路を堀ひろげて川とし、今川と称し、隣村の悪水を今川に落し、喜連村の悪水も平野領内に落ちぬようにした。又此堤は公儀普請場で修理には杭木土俵を下附され、平野の郷民で修理した。即ち堤防の領有は平野に属するものであるとあった。此時又判決がなかったのであらう、九年に平野から喜連村代官大岡喜右衛門に境目の分木を打つことを願い出た。此訴訟に対し隣村西瓜破村與惣兵衛・住道村徳兵衛・湯谷島村佐兵衛・北田辺村長左衛門の四人仲裁に入り喜連村が堤防切崩したる分は旧に復することにし、堤長千九十二間三尺杭木数百三十八本を打ち、其上に石を置き、間尺を詳細にした地図を製して両村及び仲裁人に一枚づつ保有することにした。此は同年八月十七日のことであった。明治十八年六月の洪水で、平野郷及び四ヶ村関係の堤防八ヶ所破損した。その後堤防は管理等の等閑になって旧態が存せぬやうになった。現時(昭和初期)堤防の形態あるものは百済堤、平等堤である』既存の川を改修して｢今川｣と名付けた。…』

上の絵図は慶長期(1596～1614)の狭山池水掛り村落図で●印は大樋筋、■印は中樋筋からの配水を受けています。この図で見ると平野・瓜破は大樋筋、中樋筋からの配水を受け喜連・川辺は中樋筋の配水を受けています。長原はこの図や慶長17年の中樋筋番水図でも記載がなく不明ですが溜池である馬池用水を使用していたものと推測されます。
今川が西除川から取水する用排水路と溜池を水源とする今井戸川の下流でありることが確認されましたが、馬史国人が万葉歌4458｢にほ鳥の息長川……｣の歌を詠んだ(756)天平勝宝８年には今川が存在していたか否かについては資料がなく不明ですが
今川が水路としての存在感を示すのは中世後期頃からではないでしょうか、何故なら狭山池の築造は(1988)昭和63年の大改修の際出土した東樋に使用されていたコウヤマキの樋菅を年輪年代法で調査し616年(推古24年)に伐採されたとものと判明。池の築造は6世紀末～７世紀前半頃と推定され、狭山池築造後の各時代の灌漑範囲については狭山池調査事務所市川秀之氏の｢発掘調査からみた各時代の狭山池｣と題する論文がありますので下記をクリックしてご覧いただくのが判りやすいとおもいます。

発掘成果からみた各時代の狭山池へのリンク

羽曳野丘陵の解析谷底平野を流れる天野川と今熊川の合流地点を堰き止めて造られた最初の狭山池堰堤は上図のように高さ5.4ｍ、長さ300ｍ程で貯水量から攝津国までの灌漑は出来なかったと推定。７世紀初頭には丹比大溝が開削され奈良時代の天平３年には｢狭山下池｣が築造され狭山池下の段丘上の開発が始まり、9～10世紀になると大溝の維持・保守面の負担から大溝灌漑から溜池灌漑にかわってゆきます。昭和63年(1988)から始まった平成の狭山池大改修で出土した重源の狭山池改修?に｢攝津河内和泉三箇国流末五十余郷人民之誘引｣と記されており、鎌倉期の建仁元年(1202)の重源の狭山池改修時には、その灌漑地域は攝河泉五十余郷に及んでおり、この時期には今日｢今川｣と呼ばれる小流は既に存在していたと思われますが、この当時の今川に関する文献史料・絵図等もなく推測するしかないのですが、9～10世紀に丹比大溝が廃され溜池灌漑に変わった時期から鎌倉期の重源の狭山池改修時までの間に狭山池水下地域の灌漑水路の整備が進められそれに伴い自然流路であった今川も拡幅整備されたものと推測されます。また、地形的に見ても狭山池から扇状的に広がる東・西除川間の標高23ｍ地点には丹比大溝が開鑿され段丘上の開発に貢献しており、大溝下方の
東・西除川間に大河の存在などは考えられません。

敬白三世十万諸佛菩薩等
狭山池修復事
右池者昔行基菩薩行年六十四
歳之時以天平三年歳次辛未初築
堤伏樋而年序漸積及毀爰依攝津
河内和泉三箇国流末五十余郷人民之
誘引大和尚南無阿弥陀佛行年八十二
歳時建仁二年歳次壬戌春企修復
即以二月七日始堀土以四月八日始伏石
樋同廿四日終功其間道俗男女沙弥少
兒迄丐非人□自手引石築堤者也是
不名利偏為饒益也願以此結縁□□
一佛長平等利益法界衆生敬白
　　　　　　　　(以下略)

鎌倉時代の僧重源が狭山池を改修した際の碑で碑文には、奈良時代の僧行基が天平３年に堤を築き樋を伏せたものの、現在は水が漏れるほど破損しており、摂津・河内・和泉の三箇国の流末50余郷の人民の請願によって、重源が行年82歳の時、建仁２年(1202年)の春に修復を企て、２月７日から土を掘り始め、４月８日から石樋を伏せ始め、同24日に終功するという、改修工

事の経過が記され、その間、道俗男女沙弥小児まで同地の人々が手で自ら石を引き、堤を築いたとあり、この結縁をもって一佛平等の利益を願うとの願文が刻まれています。

万葉歌20ｰ4458の｢息長川｣は伎人郷の近辺の川を詠み込んだものではなく馬国人が催した歌宴の主客である家持の4457の歌に対して即座に恋歌で対応したもので｢古新未詳｣とあるように国人自身の詠み歌でない可能性もあり、この場合の｢息長川｣は息長
(いきながく)の代名詞と考えるべきではないかと思います。
古代豪族の息長氏の実在は疑う余地のないものですが、息長氏が伎人郷に居住したという確証や伝承は信憑性に欠けるもので、息長真若中比売の墳墓伝承のある広住塚も
古代の低湿地で氾濫原に近い箇所に造ることは考えられず喜連に於ける息長伝説そのものが近世に作為されたものであることが明白であり、奈良時代に今川の存在も考えられず従って｢息長川｣と称する河川の存在はなかったと私は思考しています。
また｢息長川｣に比定される今川についても往古は大河であった、その水源は｢馬池谷｣
説や今川運河説等もあり、今川の水源である河内国側については、殆ど語られていないのが現実です。馬池谷水源説については発掘調査や地形的に見て完全否定されています。松原市の古文書・絵図に今川の字句があるものがあり、城連寺村の文書、絵図には、｢今川という大井路｣｢今川筋｣と記され、また(1653)承応二年の狭山池番水を受ける村々絵図では今川は丹北郡三宅村を流れる今井戸川に接続しており、今井戸川が今川の主水源であったことが判ります。また、城連寺村絵図の今川筋水路も今川の水源水路であり、こちらは西除川から取水する河合堰・高見堰から取水しています。
上記の考察結果から奈良時代には今川存在の可否を論じるには資料がなく難しいですが馬国人の万葉歌に見られる様な『にほ鳥の息長川…』がこの地に存在しなかったと私は考えています。

【４】森幸安の｢難波古地図｣の息長川。

｢息長川｣が描かれた森幸安の｢難波古地図｣を喜連に｢息長川｣が存在した立証資料とする説もありますが、伎人郷の馬国人が詠んだ万葉歌4458は(756)天平勝宝８年、森幸安がこの｢難波古地図｣を描いたのは約一千年後の(1753)宝暦３年の事で、その前に下記の息長川関連絵図を描いています。
｢天王寺管内地図｣　　　　　　(1752)宝暦２年12月11日
｢攝州住吉東生西成三郡地図｣　(1753)宝暦３年３月３日
｢難波古地図｣　　　　　　　　(1753)宝暦３年３月８日
森幸安は平野郷の桜井寺に一時寄宿していたこともあり平野・喜連周辺の地理や歴史・伝承にも精通していたものと思われ｢攝州住吉東生西成三郡地図｣と｢難波古地図｣を比較してみるとそれがよく判ります。
下記に両地図の喜連の部分を拡大したものを掲載しました。｢三郡地図｣の方が宝暦３年当時の喜連近辺の様相を正確に描いていると思われ、この地図を基に古代の大坂南部地域の口承伝説を取り入れ描いたのが｢難波古地図｣だと憶測していますが何故この地図を描いたのか？若し信憑性のある伝説に基づいて描いたものなら｢史跡息長川｣とするところを｢名所息長川｣としてその川名を｢喜連川｣とし平野川を｢百済川｣として
喜連川として四天王寺の南で河内川とし識語では『延暦中単功23万余人…』と記し平野と喜連の境界にある平等堤を｢伎人堤｣とし百済郡の領域を磯歯津路まで南下させ東部・南部・西部郷として今川の西に描く等およそ幸安らしからぬ地図と識語が｢難波古地図｣には見られます。

森幸安の出自については京都高辻京極の出身で大坂高津の宇木堂の住人であったことと一時平野郷の桜井寺にいたことしかわかりません。彼は生涯に300枚もの地図を描いたといわれ現在220枚ほどが国立公文書館に収蔵されており、残りは各地の図書館や神社に収蔵されています。ここに転載した｢息長川｣関連絵図は国立公文書館所蔵のもので｢天王寺管内地図｣縮尺8.600／１で103cm×77㎝・｢攝州住吉東生西成三郡地図｣縮尺21.600／１で109㎝×79㎝・｢攝津国難波古地図｣縮尺21.600／１で109㎝×77㎝と大きなものなので一枚物にコピ－すると高額になるのでデジカメで分割撮影したものを購入しましたので接続部分等に見づらい点があります。

上は森幸安の｢天王寺管内地図｣で今川の説明文が逆さまになっているので修正したものが左から３番目の写真で『今川ハ旧名河内川、河州丹北郡六月一日(うりわり)村ヨリ流テ當住吉郡喜連村ノ西ニ至リ息長川ト云』『?ニ河内川ハ大河ナリ今ノ堺ノ北ニテ海ニ入ル新大和川即是古へ畦流レテ天王寺ノ地ヲ經テ海ニ入レリ』と記しており今川は河内川であり河州丹北郡瓜破村から流れて西喜連村の西端に至って｢息長川｣と呼ばれた。河内川即ち新大和川であり古は農耕地の中を流れて天王寺を経て海にそそいでいた。今川の位置については河州丹北郡瓜破村から流れて西喜連にいたるという南北流路は正しいのですが、是を｢河内川｣に比定したり古の大和川(河内川)を延暦年間に和気清麻呂が開鑿工事に入ったが未完に終わった工事を完成したかのように描くなど誤った箇所も見受けられ、現存する多くの幸安地図から見て今川に関する画や記事が幸安自身の思考からこうなったものなのか疑問を感じますが今となっては謎です。

六月一日(うりわり)村名の由来
飛鳥時代にこの地で修業中の僧道昭の庵に天から天つ神の尊像が降ってきたので、瓜(西瓜？)を割ってお供えした。また弘法大師がこの地を通りすがりに水を所望したところ、村人が瓜を割って接待したという説もある。いずれもそれが六月一日のことだったので、それが村名になったと云う伝承がある。

上地図は｢攝州三郡地図｣で今川の位置も正しく描かれ識語も喜連城跡の記事のみです。｢天王寺管内地図｣は今川の南田辺村以南が描かれていないですが以北は舎利寺で駒川・平野川と合流するのが認められます。今川の記事については幸安の誤認があり｢難波の古地図｣は宝暦年から約一千年以前の奈良時代の想像図を描くのですから地図の誤りは致し方ないとしても識語の誤りはいただけません。この三地図の製作月日から推測すると同時進行の形で製作された地図であることが分かります。

上左は｢攝州三郡地図｣右は｢難波古地図｣で今川の位置を比べて見ると右絵図は今川が｢六月一日川｣と名称が異なっていますが左絵図の今川と同一位置で正しく描かれています。問題は｢難波古地図｣の｢名所息長川｣の位置で幸安は前年十二月に描いた｢天王寺管内地図｣で『今川ハ旧名河内川、河州丹北郡六月一日(うりわり)村ヨリ流テ當住吉郡喜連村ノ西ニ至リ息長川ト云』と記していたのが、｢難波古地図｣に描いたのは『東から流れて喜連村の北を北北西に流れ百済郡東部郷で北方に流路を変える川で喜連村で喜連川、また、名所息長川となり天王寺の南で河内川となり西の海に至る』河川として描かれていて数ヶ月の間に幸安の『今川』に対する認識が変わったものか？
それとも｢難波古地図｣の作画依頼者の要望によるものなのか？およそ幸安らしくない作画です。

上写真は｢難波古地図｣に記載されている幸安の識語です。地図の喜連川〓名所息長川〓河内川を今川として｢続日本紀｣(788)延暦七年三月十六日条。中宮太夫從四位上兼民部大輔攝津大夫和氣朝臣清麻呂言す、『河内摂津両国の堺に川を堀り提を築き、荒陵の南より河内川を導き、西のかた海に通ぜん。然からば則ち沃壌益々広く、以て墾闢（こんぴゃく）すべし」と。是に於いて、便(すなわ)ち清麻呂を遣わし其の事を勾當せしめ、もちうべき単功23万余人は、粮を給し事に従はしむ。
「日本後紀」(799)延暦十八年二月二十一日条。清麻呂、摂津太夫として河内川を鑿(うが)ち、直ちに西海に通じ、水害を除かんと擬す。費すところ巨多にして、功遂に成らず。とあり、莫大な工事費をつぎ込んだが水路の開削は出来なかった工事のことですが幸安は今川を河内川にそして和気{C麻呂の導水路工事完遂したとする想像画へ更に狭山西除川と大和川を混同。平等堤を｢伎人堤｣と比定するなどの誤認をしています。また、幸安は天王寺管内地図では『今川は旧名河内川で河州丹北郡六月一日(瓜破)村より流れて当住吉郡喜連村の西に至り息長川と云う。』と記し喜連西で何故息長川になるのかの説明がなく、それから約三ヶ月後に完成させた『攝津国難波古地図』では六月一日川を正しい位置に描いていますが喜連村の北に喜連川なる河川を描きこれを『名所息長川』としており、この川の上流が不明で識語によれば『河内川一名息長川延暦年間に二十三万余人の単功を以て成る水道異なり又小川と為り今の今川也』。また、『伎人堤』は息長川の防障で喜連と平野の境界にある『平等堤』が『伎人堤』であると記しており、これでは『喜連川』の右岸堤防が『平等堤』即ち『伎人堤』ということになります。識語通りであれば喜連川は河内川と記すべきで､『天王寺管内地図』の説明とおり六月一日川の流路を『息長川』とすべきです。また、『河内川一名息長川延暦年間に二十三万余人の単功を以て成る水道』とは延暦７年の和気清麻呂が進めたが挫折した開鑿工事のことです。
この｢息長川｣が描かれた｢難波古地図｣を以て喜連の地に｢息長川｣が存在した物証とするには程遠い物で歴史史料としての価値は認められません。

【５】攝津・河内国に息長川は存在せず

万葉歌20ｰ4458の｢息長川｣の歌意について私意では伎人郷近辺の川を詠んだものではなく、この歌宴の主客大伴家持が馬国人の家の環境をほめた恋歌仕立ての歌を詠んだのに対して、やはり恋歌で返歌この場合の｢息長川｣は現実の川ではなく｢息ながく｣との意で用いたもので｢古新未詳｣とあるのが或いは古歌の引用ではないかと想わせます。
喜連近辺の川を｢息長川｣とするには、それなりの由来がなくてはならないが伎人郷と息長氏を関連づける資料が何処にもなく、喜連に存在する｢北村某の家記｣に往古の喜連に居住した息長氏の記述がありますが、記述そのものに疑義が多く歴史史料とは程遠いものです。
松原市史の史料編記載の古文書と正徳元年の城連寺村絵図、宝暦3年の城連寺村・富田新田絵図から河内国丹北郡内の今川流路が明らかになり、狭山池博物館収集の水下絵図から三宅村の今井戸川が今川の上流であり今井戸川の水源は三宅村の水上である阿保村の海泉池・松原村の長池そして今川筋水路の水源は西除川の高見井堰・河合堰から取水しています。今井戸川・今川とも狭山池水下の灌漑井路の幹線水路で自然河川を利用したものか、開削された人工河川なのかは資料がなく不明であり、最盛期には百数十ヶ所あった溜池に関しても90%はその築造年代も不明であり近世の村明細帳に見られる以前の築造としかいえないのが現状です。今川についても鎌倉期の建仁元年(1202)の重源の狭山池改修時の石?に『攝津河内和泉三箇国流末五十余郷人民之誘引』によりとあるので、この時には狭山池の水下に喜連・平野も所属していたと考えられるので、今川の存在は建仁元年(1202)以前としかいえない。今川・今井戸川の起源・自然河川か人工河川かについては資料がなく判定は困難ですが丹比大溝下方の自然河川(小川・溝程度)であったと考えられます。それが大溝灌漑から溜池灌漑に変わるにつれ幹線水路として拡幅整備され近世・近年の姿に変容したものと考えられます。
森幸安の｢難波古地図｣についても、この地図と前後して描かれた｢天王寺管内地図｣
｢攝州東生住吉西成三郡地図｣については｢天王寺管内地図｣の今川に関する説明文｢難波古地図｣に描かれた｢名所息長川｣や河内川、伎人堤に関する識語を以て｢今川〓息長川｣の実在資料とするには史料的価値がなさすぎます。
以上のような考察結果から今川を息長川に比定する根拠は見当たらず『攝河の地に息長川は存在せず』との結論に達した次第です。

喜連の伝承万葉の息長川	伎人郷(くれひとのさと) 喜連の息長伝説の信憑性	｢記紀｣にみる息長系譜の形成者達
万葉歌に見る大伴家持の生涯	万葉歌4458の詠み人馬史国人とは	平野川関連河川 (空港北濠・大正川・今川・駒川・空港放水路・平野川分水路)
考謙天皇難波宮行幸と河内六寺	万葉の息長川番外編平野川探訪	付替えられた大和川
万葉集巻二十編纂の謎	喜連の息長伝説北村某の家記	喜連の息長氏について今井・八木論争

｢今川=息長川｣説の根拠となった万葉歌	今川がなぜ｢息長川｣なのか	古文書・古地図の今川
森幸安の｢難波古地図｣の息長川	攝河の地に息長川は存在せず


309号線三宅新道交差点の南に架かる新今井戸橋ここで旧三宅村内に入る	309号線を越えて三宅中１の旧三宅村の西端付近	今は両岸とも宅地化が進みかっての堰跡が残っている。

三宅中１付近	阿保２の府道187号に架かる今井戸川橋	阿保２付近両岸に遊歩道が設けられている。